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ウメが骨折休演なんて......

今日の衝撃ニュース。ウメ(陽月華)の左足首骨折休演。心配ですね.....

宝塚大劇場 宙組公演における主演娘役 陽月 華の休演について(宝塚歌劇公式HP)

今朝、週刊朝日でかわいくてかっこいいウメのグラビアを見て、意欲的なコメントを読んだばかりなだけに。ほんとに残念なことです。ウメもどんなにかショックを受けているかと思うと、胸が痛い.....

宝塚のスターさんたちは、ほんとうに過酷なスケジュールの中、頑張っていると思うんです。ウメだって、今朝読んだ週刊朝日に書いてあったけど、大好きな宝塚歌劇のいいイメージを伝えるために(意訳)頑張っているのですよね。

この公演の前には、スマスマにも出演したし、FNS音楽祭?にも出たし、新春鏡開きにも出席してた。

白州正子は難しい役だから、いっぱい勉強してたっていうし。今度のショーもきっと、ウメのダンスの場面はいっぱいあったろうし。疲労も蓄積しがちですよね......

「本公演の稽古中に左足首を骨折致しましたため」としか発表されていないので、どんなアクシデントに見舞われちゃったのか。ほんとのところはよく分かってないから、憶測でものを言ってはいけないとは思うけれど。

とうこさん(安蘭けい)も、トップに就任以来何度かアクシデントがあったし、タニ(大和悠河)も「どうしちゃったの?」っていうぐらい頬がこけた。スターさんが体調を崩したり、怪我したりってことが、多い気がするのだけれど...........スターさんの健康管理は、劇団もちゃんと考えてあげてほしいなって、こういうニュースに接するたびに思います。

そういうことって、たしかに突き詰めれば本人の自覚の問題なのかもしれない。

けど、スターさんがいて、公演をしっかりと勤め上げてもらってこそ、宝塚歌劇の意味があるのだと思うし......ていうか、宝塚に限らず、エンターテインメントってそういうものだよね。スターさんたちもそれがわかっていて、無理を重ねちゃうのだと思う。そこんとこをちゃんと考えて、劇団もしっかりとスターさんをバックアップしてあげてほしいな、って思う。

スターさんの休演、とくに主演級のスターさんの休演は、スターさん自身もショックだろうけれど。各組がベスト・コンディションで本公演を迎えられないのは、ファンにとっても残念なことです。

心配なのは、頑張りやさんのウメが無理しちゃわないかな......ってこと。
きっと本人はすごい残念に思っているはずだし、早く舞台に復帰しなきゃって思ってるはず。でも、焦らないでゆっくりお休みして、しっかり養生してほしいな。

私たちも焦らないで、元気なウメの切れ味鋭いダンスを観られる日を、じっくりと待ちましょう......

ウメ、お大事に!

幕が下りるのが悲しかった...@月組『A-"R"ex』青年館My楽

月組『A-Rex』2度めは、1月12日夜の部。お友達がネットで手にいれてくれたチケットで、きりやん(霧矢大夢)大好きの母を伴っての観劇です。

薄暗く冷たい雨の降る土曜の午後。母を伴い外苑前から日本青年館へ。到着するとすでに、女子トイレには長い長い行列が。やはり青年館で観劇の際は、事前にどこかで用はすませてきたほうがいい、と、実感.......なんて下世話な話題で始めてしまいました。失礼いたしました(苦笑)

この作品は、やはり2度めのほうが面白い。最初にアレックス@あさこちゃん(瀬奈じゅん)が登場したときに、ストン、と胸に落ちるものがありました。あ~そうだったのか.....と。

謎解きではないけれど。伏線というのとも違うかもしれないけれど。最初の場面に仕組まれた作家の意図のようなものを、感じました。お芝居を見終わった後にこの場面を思い出して、あ~そうだったのか.....と思うことが望ましいのだと思うのだけど、お芝居の中で語られる言葉があまりに多く、語られる世界があまりにも深遠で盛りだくさんなので。観終わったときには、最初の場面のことはすっかり忘れていたのでした。

この物語の中にあふれるたくさんの言葉は、さまざまな喩えを含んでいて、韻を踏んでいて。芝居のセリフというよりも、おのおのが詩を朗読して......歌って?.....いるように思えました。でも私には、そんな言葉の洪水が心地よくて。2度めだから、初見のときのように「何を言ってるの?」と、戸惑ったり迷ったりすることもなくて。本当に気持ちよく舞台を観、言葉を聞いていました。

セリフの言葉が歌うように響くので、歌が混じっても、あんまり違和感がなくて。それと同じように、派手なダンス・パフォーマンスも少ないけれど、その代わりに踊るような身のこなしが、自然にダンスに変化しているような。そんな、舞台の上の人の動きを見ているのも心地よいと思いました.............あまりに心地よくて、このときもまた、第1幕は睡魔という敵に敵わず。なんか大事なときに眠っていたのではないか?という不安が拭い去れないのですが.....(苦笑)

やっぱり、このお芝居は、このメンバーでなければ作りえなかったものなんだな....一人ひとりがとてもたくさんの詞を淀みなく語り、歌い、それぞれ独自の世界を作り上げている。その、独自の世界をもつ人物どうしが、せめぎあい、ぶつかりあうような緊張感ある関係を保っている。でもそれは、観客に強いるものではなくって。観客は何か一つの大きな流れのようなものの中に包み込まれ、流されていくような感じ........その流れにうまく乗れなかった人には、濁流の中に取り残された中州に立ち尽くすような、呆然とした感じ、不安な感覚が残るかもしれないけど。

それでも、アレックス@あさこちゃんや、ニケ@かなみちゃん(彩乃かなみ)、ディオ@きりやんはじめ、それぞれが魅力的なキャラクターなので。ファンにとってはそれだけでも十分楽しめたりするんじゃないかな......ちなみに私の母は年配なので、話の流れにまったくついていけなかったらしく。ディオが登場したときだけはシッカリとオペラグラスを握り締めていたけれど、他の多くの場面は、心地よい眠りに落ちていた.....いや第一幕の私も、母のことばかりはいえない状態でしたが(苦笑)

物語は、前回思った以上に神々と人間アレックスの対峙が描かれたものでした。アレックスの周りは神の意のままに運んでいるようだけれど、アレックスの思いもあれば、周囲の人々の人間ならではの心の動きもある......その中で、アレックスには明確な意思が見えない。ただただ、運命に従うだけのように見える。神々の筋書きと人々の思いの中で戸惑っているように見える。

あさこちゃんは「運命に翻弄される」とか「果てしなく苦悩する」とか、そういう状況がとても似あう人だな....と、ずっと以前から思っていましたが。まさに本領発揮という感じ。苦悩する姿がせつなくて、美しい。でも、だからといって弱々しいのとも違う。作・演出のオギー(荻田浩一先生)は、プログラムに「彼女本来の魅力である繊細さと心細い切なさを、くっきりとした輪郭で逞しく描き出すことに長けた人」と表現していますが。あさこちゃんの存在によって、イマジネーションされた部分も少なくなかったのだろうな.......アレックスが苦悩していると、つい「もっともっと!」と思ってしまう自分がいたりします(苦笑) 。アレックスの痛みを伴う美しさ、切なさは、すごくありふれた表現だけれど「若さの煌き」にも通ずる気がして。そういう点で、アレックスの痛みは、時代や国を超えて。現代の私たちにも通ずるものであると、納得させられる気がする。

ポスターにもなった不思議な迷彩のお衣装は、よく似あってた。私はこのお衣装と、最初と最後の茶色のコートがいちばん好きだったかな.....て、いずれもいちばん宝塚のトップさんらしからぬお衣装ですね(苦笑)

戦場の女神ニケ。戦場を軽やかに飛び回り、タンバリンを手に歌い踊るニケの姿は、ほんとうに魅力的。人々を誘い、鼓舞し、打ちのめす。気まぐれな小悪魔。勝者に喜びを、敗者に悲しみをもたらす。そんなニケは、かなみちゃんにぴったりだと思いました。かなみちゃんならでは。かなみちゃんにしかできない役だと思いました。

あさこちゃんとかなみちゃんは、異なる位相の光を持ったスターさんだと、以前から思っていました。同じ光を持ち、同じように力強さと危うさを併せ持っているけれども。輝きが違う。輝く場所が違う。だから、離れたところで惹きつけ合う二人、知らずに思いあう二人、というお話がとても似合うと思っていました。そんな二人の関係の中で放たれる、危うく切ない光に、魅力を感じます。私は。

だからこの、アレックスとニケお話は、私はとても素敵だな...と思いました。アレックスが最後にニケに出会ったとき「ナイショよ」と人差し指を立てるかなみちゃんは、とても愛らしくて魅力的。かなみちゃんのこんな様子が、私はとても好きだし、そんなかなみちゃんの傍らに佇むのは、やっぱりあさこちゃんがいちばん似合うと思う。

ともかく、アレックスはアテネ@タキさん(出雲綾)の筋書きどおりに、ペルシャの果てに行き着く。神の筋書きはそこで終る。でも、アレックスは止まらない。

アレックスの問いかけに、ディオが答える。「神々の計画の向こうには運命が待ち受けている」......またも意訳で申し訳ないのですが(苦笑)。 でも、名言だわ。

アテネは言う。結局神などいないのだと。神は人間の思いが作り出したもの。アレックスの王国は歴史の中の徒花になったと。けれど果たしてそうだったのだろうか......

アレックスとニケ...あさこちゃんとかなみちゃんが手を取り合って光の中に歩み始める。幸福と切なさの入り混じった不思議な気持ちに包まれたとき、静かに幕が下りた......その瞬間、不意に涙が出そうになった。

このお芝居が終ってしまうことが悲しかった。心地よい夢の途中で目覚めてしまったような気持ち.....幕が下りることが、ただただ悲しかった......

今だから見れる舞台を見る醍醐味@月組『A-“R”ex』初見

2008年の年明けに、最初に観劇したのは、1月2日。星組『エル・アルコン』『蘭の星』の東京公演初日だったのですが、先にこちらを書いておきましょう。

月組『A-“R”ex』-如何にして大王アレクサンダーは世界の覇者たる道を邁進するに至ったか-

初見は1月9日。日本青年館で夜の部を観劇しました。

開演ギリギリに1階客席に飛び込んだ私の目に映ったものは、舞台の上に浮かんだ大きな世界地図。そして、赤茶色い岩の崖のようなセット。赤い大地。オギーの世界だ......

やがて、1970年代ぐらいのヒッピーみたいなレイヤードとかパッチワークとか、ジーンズとかのお衣装のコたちが現れ......皆スタイルがいいから、とってもかわいい。センスがいいのかどうかはよくわからないけれど、かわいい。キュート。これからどういう風に話が始まっていくのか、すごく期待させられます。

続いて登場したタキさん(出雲綾)は、やはり1960年代か1970年代ぐらいの、アメリカの女性士官の軍服を着ていました。帽子をかぶって、キリリっとした佇まいが新鮮です。でも、客席に向かって声をかけたり、若者たちを急きたてるあたりは、いつものタキさんの芸風。なんだかこのお衣装ともぴったりハマってます。なんとなく安心感(苦笑)。

上手の崖の上に現れ、たたずむ、あさこちゃん(瀬奈じゅん)がきれいで、なんだかせつない。これから、アレキサンダー大王の劇が。劇中劇が始まるのね.......


タキさんは アテナ。アテネの守護神で、戦いの女神。この世の人の営みは、神が作り演出する劇なのね。女神は思いのままにシナリオを作り、人々を動かそうとするのね。

アテナは戦いの女神ニケ@かなみちゃん(彩乃かなみ)を、アレックスの元に遣わすのだけれど。女神が遣わす前に、二人は出会ってしまう。

ニケの登場からアレックスとニケが出会う場面は、とても素敵でした。ひりひりとした甘い痛み。キラキラとサワヤカなロマンチック......この二人だから醸し出せる雰囲気。ここを見ただけで、なんか満足な気がしました。この作品ではこの場面が見れただけで、いいわ......って、早くもこの瞬間に思いました。

アレックスは、ニケに魅せられて走り始めたのかしら.....


父王フィリップの死。若くして王となったアレックスは、父王の始めた戦いを続けることにためらい、逡巡する。

神の意のままに生かされることに、抵抗する。

アレックスと母の関係は複雑。正直言って難しすぎて、私にはよくわからなかった。ただ、母はアレックスを愛していて、だけどそれと同じくらいアレックスを憎んでいるらしいてことはわかりました。アレックスの中に夫の面影を見いだし、それを憎んでいるのかしらね?よくわからない。

けど、アレックスは母に追いやられて、なのか。母から逃げるため、なのか。ともかく走り始める。


アレックスの母オリンピアス@シビさん(矢代鴻)は上手い。やっぱり上手いな....歪んだ愛、嫉妬、憎悪。情念。女の、人間の心の奥底にに潜むどろどろとしたものを引きずり出して、さらけ出すような歌。心と耳をつかんで離さない。歌詞を聞いてなくても......正直、歌詞は難しくてよくわからなかったんだけど(苦笑).........そこにこもる思いが、心をえぐるように伝わってきます。


苦悩の若き王アレックスの前に、ワインと蛇つかいと、なんだかよくわからないけれど、野卑な神なのかしら?アテナのようには洗練されていないけれど、熱狂的な人々に取り囲まれた神、ディオニュソス@きりやん(霧矢大夢)があらわれる。熱狂的な崇拝者の中には、アレックスの母もいる。

きりやんもまた、舞台の空気を変え、支配できる力のある人だな.....とあらためて感じます。ディオニュソスの歌が始まると、客席の気配が緊張し、ディオニュソスに向けて流れこんでいくのが分かる。しかもディオニュソスは色気のある神だ.......なんとも妖しい神様。きりやんがこんなに妖しい空気を身にまとうことができる人とは、申し訳ないけれどこれまで気づいていませんでした。

シビさんときりやんが、ともに歌う場面は圧巻。すばらしい。どちらもすごい力と思いを込めた歌。この場面が見られただけでも、今日来てよかった........とまたも思いました(苦笑)

アレックスに近づくディオニュソス。アレックスはディオニュソスを選ぶ。ディオニュソスはアレックスの影となって従う。


アレックスに期待と信頼を寄せ、つき従う部下たち。アレックスを戦いへと誘い出し、アレックスとともに走り続ける兵士たち。彼らはアレックスに夢を見出していたのかな.......ヘファイスティオン@まっきー(龍真咲)を見ていると、そんなふうに思います。

アレックスの存在が夢? 希望?

でも、夢は破れていくのね。どこまでも走り続けるアレックスに、疲弊し、脱落していく腹心の部下たち。

アレックスの周りに、さまざまな人々があらわれる。さまざまな情景があらわれる。

ただ「父王の死」の一瞬のためだけに現れ、歴史から捨て去られる花嫁。アレックスの妹クレオパトラ@はるちゃん(麻華りんか)。舞台にしばしばあらわれる花嫁に、私はとても魅かれました。このお芝居の本質から外れているのかいないのか、それもよくわからないのだけれど、彼女の空虚なたたずまいが、強く印象に残りました。

エジプトの歌姫の華やかさも、印象的だったな.....音姫すなおちゃん、かな?


アレックスが歩みを進めるに従い、舞台となる国が変わる。国が変われば神の呼び名も変わる。変わるのは呼び名じゃなくて、神そのものが変わるのかな。でも「人々がこめる思いが同じならば、神は同じ」という、そんなくだりが2幕あたりにあった気がする。これも印象に残った場面だな......


アレックスは、父が始めた戦いに勝利しても、戦いを止めない。さらに東をめざす。なぜ東を目指すのか、なぜ自分たちの国へ帰らないのか。腹心の部下にもわからない。戦いの女神にも走るのを止められない。勝利の女神ニケにも、わからない。

人間の営みが神の目論見を超えて動き始めた瞬間、ということなのかしら............

アリストテレス@まちおさん(北嶋麻実)は、歴史に残った事実を変わらず読み上げ続ける。タキさんが語るのが神々の目論見なら、まちおさんが読み上げるのはアレックスの足跡。人間の営み。対照的です。


アレックスの行く手に、父王の亡霊?が現れる。大きくて、偉大。

アレックスは父を超えるために走り続けたのかしら.....

父王フィリッポスであり、偉大な敵ダリウスでもあるケイさん(萬あきら)は、とってもかっこよかった。申し訳ないけれど、こんなにかっこいい人とはこれまで思っていませんでした.....いや、薄々気づいてはいたけれど、いまはっきりと認識しました。朗々と響く歌声も、印象的でした。

ダリウスの娘、スタティラ@白華れみちゃんを、アレックスは初めて娶る。けど、アレックスはスタティラを見ているようで、見ていない。遠くばかりを見ている。スタティラはそれに気づいている。アレックスとスタティラのやりとりも、ひりひりとしてせつない。悲しい。れみちゃんのもつ透明感が、切なさをより一層切ないものにする。


やがて、走り続けたアレックスに立ち止まる時が来た。そこで出会った人は........でも、それがこの旅のゴールだったのだろうか.....これがその答えだったのだろうか.....

何かに衝き動かされかのように、東へ、東へと走り抜けたアレックス。彼を衝き動かしたものは何だったのだろうか........答えは誰にもわからない、のかもしれない。

ただ、その何かは、いつの時代にも人々の心に潜むものなのではないだろうか....いわば時代を超えた共通の何か、がそこにあるのではないだろうか......


『A-“R”ex』は、荻田先生らしい多重構造を持つ舞台でした。目に見えているものは、単なる符号にすぎなくて。それにとらわれていると、何かを見落とすぞ、と。けど目に見えている符号もまた重要な意味をもっているから、気が抜けない。

「如何にして大王アレクサンダーは世界の覇者たる道を邁進するに至ったか」という命題に対して、結局答えはよくわからなかったけれど、わからないままにいろいろなことを考え、いろいろな思いの中にふわふわと漂っているのも心地いいかな........と思う。


ショーもなく、フィナーレもない。どちらかといえば地味な舞台だけれど、舞台装置や照明はよく考えられていて美しく、やっぱり宝塚歌劇だな、と思いました。お衣装も意外ではあったし、必ずしもセンスがいいとはいえないけれど、それぞれにキュートでした。

けど、これは私たちが期待する「宝塚歌劇」とはまったく違うものであることは確か。こういう芝居をあえて「宝塚歌劇」で上演する必要があるのか、という批判はあって当然かと思うし、「宝塚歌劇」を期待して劇場に足を運んだ人は、戸惑いを隠せないと思います。

......いつもの荻田先生の世界だわ、と言ってしまえばそれまでだし。

けど、この作品は、あさこちゃん、かなみちゃん、きりやん、それにシビさん、タキさん、それぞれに実力と個性を兼ね備えた出演者がいてこそ成り立つというか。この出演者がいたからこそ想起されたものではないかと思います。

そういう意味で、今ここで、この月組で演じることに意味のある舞台であることには間違いないと思います。そういう「生物(せいぶつ、じゃなくて、なまもの....笑)」的な作品が見られるのって、やっぱり醍醐味だと思うし。バウとかDCとかの小規模な公演なら、こういう実験的ていうか意欲的な作品があっていいと、私は思います。

『A-“R”ex』、私はとても面白いと思いました。好きです。この作品を観る機会を得たことに、感謝したいと思います。

2008年の年頭に

新年あけましておめでとうございます......なんて、門松を外してしまった後に(苦笑)

2007年は、本業のお仕事がとても忙しかったり、心にひっかかるものがあって思うように筆.......て言うか、キーボードがすすまない日が続いて、あまりこの『すみれ三昧日記』の更新ができませんでしたが。

年末に、昨年お亡くなりになった阿久悠さんの追悼番組の中でこんな言葉が紹介されていました。

たくさんの言葉を知れば他人の心がよりよく理解できる
たくさんの言葉を知れば自分の心がよりよく表現できる
だから、きらきらと輝く言葉をたくさん学んで、
きらきらと輝くような心を身につけてください

細かい表現は覚えていないので、意訳で恐縮なんですが。ていうか、阿久悠さんは詩人なので、細かい言いまわしを覚えていないのは致命的なのかもしれないけれど。ともかくそんなニュアンスのことを聞いて、なるほど~と思ったのでした。

私もやっぱり、大好きな宝塚歌劇を見たときに浮かんだことごとを、ひとつひとつきちんと言葉で残していく努力を惜しんではいけないんじゃないかな.......昨年はあまり書かなかったんだけど。形に残らなかった思いは、しっかりと自分の心に刻みこまれないまま、どこかに消えていってしまうような気がしました。

今年は「地道に継続」していくことを目標に、がんばっていきたいと思いました.....が。思った矢先にも、やっぱり書いていない.....(苦笑)

年が明けて、この『すみれ三昧』も、サイトを開設してからまる4年になります。思えば、このサイトを開設したきっかけは「宝塚歌劇にどっぷり浸る自分の毎日を記録したい」という気持ちからだったのでした。その「毎日の行動の記録」は『Sumire Zam-mai Satelite Office』のほうで続けていますが、「日々の想いの記録」はやっぱりここでじっくり書いていきたいな、と思います。4年前の自分を、ここのサイトで読むのは、なんとなく懐かしくて切なくて照れくさくて。宝塚歌劇のことを知っているつもりで、まだぜんぜん理解していない自分を、今振り返ると、突っ込みまくりになってしまうけれど、でも、懐かしい。そんな今の自分の思いを、数年後の自分にも見せてあげたいと思う。

なので。今年は、もっとマメに更新できるように努力したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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